Featureロシア・バレエ 光と影

第2回 「ロシア・バレエの栄光」


 ロシア・バレエは政府の西欧化政策の影響のもと、フランス、イタリーのバレエ専門家を数多く招聘して急速に発展した。皇帝を頂点とする上流階級全体がバレエを愛し、バレエ振興のために莫大な補助金が支払われた。ロシア・バレエ黄金期の栄光をひとりで担うマルセーユ生まれのフランス人マリウス・プティパ(1818~1910年)は1847年に踊り手としてペテルブルグ・ボリショイ(後のマリインスキー)劇場に招かれた。連絡が不十分で、プティパが劇場に到着したのは5月末、バレエ・シーズンの終わる寸前だった。次の開幕は9月末という。ほとんど4ヶ月近く待たなければならない。懐の淋しかったプティパは仰天した。給料無しでは4ヶ月ももたない。しかし劇場側は、顔色も変えずに4ヶ月分の第一舞踊手としての給料を支払うと、「よい休暇を」といってプティパを送り出した。
 休暇分の給料から支払いが始まるなど、普通の劇場では考えられない。ロシアの劇場がいかに鷹揚だったか、いかに潤沢な予算を持っていたかがわかる。プティパが生涯ロシアで過ごし、ロシア古典バレエを担う大振付家に成長したのは、この時の劇場側の対応に感激したからではなかったか。
 踊り手としてロシアに来たプティパは、最初はなかなか振付を試みる機会に恵まれなかった。振付家としては「ジゼル」(1814年)の作者として名のあるジュール・ペロー(1810~1892年)、続いて後にパリで「コッペリア」(1870年)を発表することになるアルトゥール・サン=レオン(1821~1870年)が首席バレエ・マスターという作品制作の主任の地位にいたからである。
 しかし、プティパは小さな試みの後、1862年、大作「ファラオの娘」(プーニ曲)の成功で振付家としての地位を確立した。副バレエ・マスターと解釈してもいい地位に就き、69年、遂に首席バレエ・マスターの称号を手に入れる。
 プティパはペテルブルグ在任中、75のバレエを上演するが、その中から辛くも生き残ったチャイコフスキーの三大バレエを含む、十指に満たないプティパ・バレエが、ロシア・バレエ栄光の証であり、これらのバレエ無しには、現在の大バレエ団のレパートリーは成り立たない。フランス・バレエであるべき「ジゼル」さえ、恐らくは大きな部分にプティパの手が入っている。
 そしてその、少数の貴重なプティパ・バレエでさえ、現在我々の知るものと、初演時の原作とは違っている。身体能力が大きくものをいうバレエでは、スポーツと同じで踊り手の技術の革新があり、踊りの主要な部分が変化していった。またロシアは、国家が変わって社会主義文化政策がとられたため、古い作品に改変を加えるのが美徳とされた時代があったためである。

 

 全ての点で、プティパ・バレエの最高傑作とされ、バレエ史上の輝く金字塔といわれる「眠れる森の美女」(1890年)が脱社会主義の証左として見直しの対象となったのは、ペテルブルグの少数のバレエ関係者の良識の賜物であった。
1999年に完成した復原版を見て、全世界のバレエ界が驚嘆と讃嘆の声を挙げた。真のロシア・バレエの栄光はこれだったのかと初めて気がついた。何が違っていたのか。まず、ほとんど全て削除されていたマイムが復原され、演劇的深みが増した。技巧第一のためにどんどん短く、小さくなっていた女性のバレエ衣裳チュチュが大きめになり、目に快い。チュチュでない、群舞のスカートも古風に膝下へ流れて美しい。
 カットされていた音楽がもとに戻り、バレエの上演時間が増し、出演者は不平たらたらだったが、真のロシア・バレエの栄光を復原した、キーロフ・バレエのセルゲイ・ヴィハレフの功績は大きい。
 いくつかの障害があって、有名な「白鳥の湖」は1895年版に戻すのは難しいが、努力すれば、それに近いものは出来るかも知れない。ロシア・バレエは確かにバレエの黄金期を形成した。しかし、我々の知るロシア・バレエと、いささか異なるロシア・バレエがあったと認めないわけにはいかない。
 ロシア・バレエが黄金期を迎えているときに、イタリア・バレエも黄金期を迎えていて、その代表作「エクセルシオール」(1881年初演)が1967年に復原されているが、ヴィハレフ版「眠れる森の美女」はこの作品と不思議相似点を持っていることを付け加えておきたい。

 

バックナンバー

第4回 ロシア・バレエへの期待

第3回 ロシア・バレエの日本への影響
第2回 ロシア・バレエの栄光
第1回 ロシア・バレエの誕生


 


usui.JPG薄井憲二(うすい・けんじ) 

 1924年生まれ。東京都出身。バレエ協会会長。16歳でバレエを始める。東大在学中に出征し、終戦後4年間のシベリア抑留生活を経て帰国し、東勇作バレエ団で復帰し、舞台、テレビで活躍。現役引退後は、モスクワ、ヴァルナ、ペルミ、ジャクソン等国際バレエ・コンクール審査員を歴任。西欧舞踊史研究の第一人者として、バレエ関係の著書、訳書も多い。平成18年紺綬褒章受賞。橘秋子賞、蘆原英了賞、兵庫県文化賞他賞歴多数。モスクワのボリショイバレエアカデミーでは名誉教授に任命されている。


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