Featureロシア・バレエ 光と影

第3回 「ロシア・バレエの日本への影響」


 日本の観客が初めてロシア・バレエを見たのは1916年であった。エレーナ・スミルノーワ(1888~1934)という帝室マリインスキー・バレエの踊り手が、夫のボリス・ロマノフ(1891~1951)と女性舞踊手一人、伴奏者を伴って来日した。興行の予定で来たわけではないのだが、帝国劇場が彼等に接触して三回のマチネーが実現した。夜の部には歌舞伎が決っていて、ほかには踊る場所がなかった。
 このことはあまり知られていないが、演目には「黒鳥のパ・ド・ドゥ」「バヤデルカの女性ソロ」「瀕死の白鳥」など、バレエにとっては重要な作品が含まれていた。また、スミルノーワは来日の前か後かわからないがバレリーナに昇進して、バレエ団では「白鳥の湖」「眠れる森の美女」などすべてのロシア古典バレエの主役を踊っているうえ、1909年のディアギレフ・バレエの第一回パリ・シーズンにも参加している。夫のロマノフはキャラクテールの踊り手で、ディアギレフ・バレエに参加し、振り付けもしている。両者はのちに独立してロシア・ロマンティック・バレエという一座を組織し、広くヨーロッパを巡ったあと、アルゼンチンに定住し、同地のバレエを育てた。世界的大スターとなり、つい昨年引退したフリオ・ボッカは、彼等の始めたブエノスアイレスの学校の卒業生である。
 但し、スミルノーワの東京での公演は、日本の舞踊界に何の影響も与えなかった。この公演についての記録は殆ど存在しないし、そもそも観客も、初めて見るロシア・バレエに少しも興味を示さなかった。
 

 日本人がバレエに目覚めるのは1922年のアンナ・パヴロワ(1881~1931)の末日からである。パヴロワはこのとき41歳、踊り手としては盛りを過ぎていたにも拘らず、当時の日本にとってその来日は大ニュースであった。アメリカから来たので横浜港に着いたが、上陸のときから新聞種となった。パヴロワは欧米で稀有の天才と喧伝されていたからにほかならない。しかしパヴロワは、その年齢にも拘らず、卓越した芸術性を示し、和辻哲郎、芥川龍之介をはじめ、六代目菊五郎などが深く感銘を受け印象記を残している。
 この1922年というのは非常に象徴的である。当時の世界のバレエを擔っていたロシアでは、1917年に革命が起こり、ロシアの大都会を逃れたバレエの踊り手が、続々とロシア極東地方、または国際的大都市であった上海に集まって来ていた。その中のひとりエリアナ・パヴロワ(ロシアでの芸名エレーナ・パヴロワ、本名エレーナ・トゥマノフスカヤ)は、アンナ・パヴロワの少し前に来日し、アンナの人気によるバレエの周知も幸いして、その鎌倉のバレエ・スタジオには、かなりのバレエ志望者が集まるようになった。そしてその中から、日本バレエ界の第一世代を擔う服部智恵子、橘秋子、見谷八百子、東勇作、島田広が育っていった。
 

 こうして生まれた日本のバレエは、最初からロシア・バレエに染められていたわけである。その日本バレエは1946年、1957年と二度の大きな転機を迎える。最初の転機はロシア・バレエの大作「白鳥の湖」全幕の日本初演である。原動力となったのは小牧正英という、ハルピンと上海でロシア人からバレエを習い、上海のロシア・バレエ団で踊った経験のある踊り手である。戦後に帰国して、前記の日本バレエの第一世代の仲間入りをした。戦争の厳しい時代を過ごして、娯楽に飢えていた日本の観客はこの大作バレエに熱狂した。特殊な人たちしか興味を示さなかったバレエは、一気に大衆化した。
 第二の転機はモスクワ・ボリショイ・バレエ団の初来日である。それまで日本は、ロシア革命以前のロシア・バレエの作品と技法しか知らなかった。ソ連の鎖国政策のために、ソ連バレエがどういう発展を遂げたかは知らなかったのである。このときの公演は日本のバレエ界に大きな衝撃を与えた。のちにソ連バレエというものは、作品としては問題を抱えるということが知られるが、そのときは作品も技術も驚異の的であった。
 ロシア・バレエの伝統、ソ連という国の官民一体となったバレエへの協力体制を知った日本のバレエ界は、今迄のようなばらばらの活動では実りはないとさとり、のちに社団法人にまで強化される日本バレエ協会は、このとき生まれるのである。

 

 

 


バックナンバー

第4回 ロシア・バレエへの期待

第3回 ロシア・バレエの日本への影響
第2回 ロシア・バレエの栄光
第1回 ロシア・バレエの誕生

 


usui.JPG薄井憲二(うすい・けんじ) 

 1924年生まれ。東京都出身。バレエ協会会長。16歳でバレエを始める。東大在学中に出征し、終戦後4年間のシベリア抑留生活を経て帰国し、東勇作バレエ団で復帰し、舞台、テレビで活躍。現役引退後は、モスクワ、ヴァルナ、ペルミ、ジャクソン等国際バレエ・コンクール審査員を歴任。西欧舞踊史研究の第一人者として、バレエ関係の著書、訳書も多い。平成18年紺綬褒章受賞。橘秋子賞、蘆原英了賞、兵庫県文化賞他賞歴多数。モスクワのボリショイバレエアカデミーでは名誉教授に任命されている。


Feature TOP