FeatureFocus Russia

第2回 ロシア人とのアポの取り方

 

 アポが取れる、取れないは、どの世界でも仕事の成否を決める最大の要因だ。
 ソ連の時代、アポは最高に取りにくかった。どんなロシア人に会う時でも、必ずソ連外務省に文書で「○○○という人物に△△△の件で会いたい」という「願書」を出さなければならなかった。で、すぐ会わせてくれるかと思えばそんなことはなく、悪くすると半年もたってすっかり忘れた頃、突然電話が鳴って「この前の□□□のアポの件、取れましたので今日の11時に・・・」などと言ってくる。随分振り回されたものだ。もちろん、既によく知っている相手の場合には、直接電話をしてアポを取ったが、外務省にも一応「願書」を出しておいたものだ。これはこうしておかないとこちらがソ連外務省に叱責される、ということではなく、こうしておかないと先方が「日本のスパイ」だと疑われかねないからだった。
 でも、ペレストロイカの頃には段々紀律が緩くなり、ソ連が崩壊した後はアポ取りもまったく自由になってしまった。この人に会いたい、と思って電話すると、たとえそれが初対面であっても、「ああ、どうぞ。今日の13時ではどうですか?」という感じで、アメリカやヨーロッパでよりアポ取りが簡単になったのだ。大使館員も議会を簡単に傍聴できるようになった。議場に入っていくことはできなかったが、休憩時間に議員も使うトイレに行くと、大物もいたりして情報収集がやりやすかったそうだ。
 今でも事態はそんなに変わっちゃいない。ロシアは、個人的なツテ、コネ、信頼関係を重んずるウェットな社会だ。親しくなれば、自宅や携帯や直通の番号を教えてくれる。いや、くれるのを待っているのではなく、こちらからとりに行くのだ。つまり、こちらから自分の名刺に自宅や携帯の番号をその場で書いて、「もしかの時にはいつでもこちらの番号をお使いください」とやる。すると相手はそこまで自分を信用してくれたことに対して感謝してみせざるを得ない。そこをすかさず、「あなたのご自宅の番号をいただけますか?」とやるのだ。成功率は高い。でも効かなかったら、深追いはしない。
 VIPと会いたいときには、真正面から秘書に電話しても埒が明かない。そのような時には、そのVIPの友人を調べるのだ。新聞や雑誌を見ていれば、そのような情報は出ている。VIP関連の情報は街でCDに入って売られている。ロシア人の友人や社の従業員に頼めば、その「VIPの友人」と会う算段を考えてくれるだろう。彼らもツテをたどるのだ。うまくいけば、VIPを例えば週末のサウナに誘い出してもらう。「共通の友人にサウナに招かれた」ということで、そこでさりげなく知り合うのが一番いい。
 一度会ったら、こまめに手紙を書いておく。自分の近況報告でも、日本経済の情勢レポートでも何でもいい。たとえ相手が自分では読まなくても、秘書が見ている。そうすれば、相手に電話した時、「部長! いつもお手紙をくれる○○○さんからお電話ですが」とやってくれるのだ。そしてその秘書対策がまた、非常に大事なのだ。将を射らんと欲すれば馬を射よ、と言う。VIPに会いたければ、その秘書を篭絡するのだ。金をやれ、というのではない。日本人は金のことを考えすぎる。秘書が女性なら、3月8日の「世界女性の日」(アメリカでは「秘書の日」として知られている)にバラの花一輪とかチョコレートとかを贈るだけでも、ものすごく喜ばれ、そのVIPに優先的に会わせてくれるようになるだろう。
 贈り物は何がいいか。既に言い古されていて少しも直らないことだが、日本人は贈り物を乱発しすぎる。まるでおもねっているように見えるために、却って見くびられかねない。贈り物は抑え気味の方がいい。そしてもちろん相手次第なのだが、いつもカメラとか電子製品ばかり贈ることを考えずに、日本の工芸品を贈ったらいいと思うのだ。別に値の張るものでなくてもいい。上野の国立博物館の売店で、根付の複製でも買い込んでロシアで配るのでもいいのだ。
 相手がインテリなら、日本の文学作品のロシア語訳を贈ってもいい。ロシアでは万葉集から始まって村上春樹に至るまで、ロシア語訳が揃っている。例えばモスクワの東洋美術館の売店でそうした翻訳ものを買いそろえ、ロシア人に会いに行くたびに一冊づつ持参するのも手なのだ。
 ロシア人の家は日本人のアパートより、大体大きい。だからというわけでもないが、ロシア人はどっしりした分厚い写真集のようなものを好む。日本の観光名所や京都の寺院の情景を集めた写真集―--ロシア語のものはあまりないので英語版でいいのだ――を贈っても、非常に喜ばれるし、日本の宣伝にもなる。
 日本の文化や自然は世界に冠たるものだ。ビジネスにも大いに使ったらいいのである。



バックナンバー

第12回 ソ連の家電・騒動記

第11回 「シベリア・ラリー」をやりましょう

第10回 ロシアの秋

第9回 「冷戦復活」の代わりにゲームのルールの明確化を

第8回 グルジア紛争と対ロビジネス

第7回 ロシア人は何からできているのか?

第6回 ロシア人は信用できるか?

第5回 ロシア人との付き合い方③

第4回 ロシア人との付き合い方②

第3回 ロシア人との付き合い方①

第2回 ロシア人とのアポの取り方
第1回 ロシアとのビジネスは慎重かつ果敢に

 

河東哲夫

河東哲夫(かわとう・あきお)

 

1947年生まれ。1970年~2004年外務省勤務。ドイツ、ソ連、ロシア、ウズベキスタン、スウェーデン、米国に勤務。2004~2006年、日本政策投資銀行設備投資研究所上席主任研究員。2006年9月独立し、日英中露語による国際ブログ"Japan-World Trends"を創立、代表に。東京財団上席研究員、早稲田大学及び東京大学客員教授を兼職。

著書にソ連崩壊を背景とした大河小説『遥かなる大地』(熊野洋の筆名)、『意味が解体する世界へ』、『外交官の仕事』(いずれも草思社)、『ロシアにかける橋』(かまくら春秋)。嵯峨冽の筆名で『ソ連社会は変わるか』、『ソ連の試練』(いずれもサイマル出版会)。その他雑誌執筆、テレビ出演多数。

Feature TOP