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第3回 ロシア人との付き合い方①

 

 20世紀の初頭、詩人のチュッチェフは言った。「ロシア人、これは普通の物差しじゃ測れない。ロシアの人間には、なにか特別のものがある」。そしてロシア革命の頃、アメリカのダンサー、イサドラ・ダンカンとの結婚がうまくいかず大酒を食らって自殺したエセーニン――プーシキンと並んで僕が好きなロシアの詩人だ――は、「ローシイヤー。アジアの国だなあ、てめえは」と書いた。
 ロシア人にも自分達が何者なのかわからない。ロシアという領域の中に住んでいてロシア語で暮らしていればもう「ロシア人」なのだが、それは実はスラブ系、スカンジナビア系、モンゴル系、トルコ系、イラン系、そして現代でいけばアルメニア、グルジア、ウズベクなどが入り混じった結果なのだ。名前の語尾に「オフ」とか「ヴィッチ」をつけられてしまうと、日本人にはもう見分けがつかなくなってしまうのだが。
 アメリカでも同じだが、モスクワやサンクト・ペテルブルクに旧ソ連諸国から最近移住してきた者達は、ロシア語をしゃべり、ロシア風の名前を持っていても、基本的な考え方、生き方が異なっていることがある。やけに馴れ馴れしかったり、人をだますことばかり考えていたりの、いわゆる「バザール的」な連中もいる。権威主義、家父長的、村落共同体的社会から昨日やってきたばかり、というような人達もいる。
 だが人間の世界に生きている限り、誰でも大抵は恥、名誉、義務といった観念は心に染み付かせていると思ったらいい。問題は、自分の周囲、どの範囲にまでそうした正直な対応をするかということだ。フリの客はだまして恥じないバザール商人的なやり方、自社ブランドの製品にはそれを誰が持っていようが、とことん責任を取る近代市場社会のやり方、この2つの極端の間に様々のタイプが生きている。
 これらの相手との付き合い方は、それぞれに異なる。だが一応誰にでも通ずる黄金の原則はやはり、「仲間と思ってもらうこと。自分は彼らの生活にとって大事な、あるいは少なくとも何らかの意味を持っている者だと思ってもらうこと」だろう。いや、そんなことはもう古い、ロシアにも、契約重視で合理主義に貫かれた青年がどんどん出ているので、自分はそういった連中とビジネスをしていくのだ、と思われる読者がいるかもしれない。だが欧米だってビジネスが合理主義、無人称の世界かというと、そんなことは全然ないのだ。彼らだって儲かる仕事は親しい者の間で独占し、よそ者にはくずの案件しかまわさない。「黄金の原則」は万国共通なのだ。
 ではどうやって相手の心に飛び込むか。それは、日本人の側の性格や相手の性格に応じて千差万別のやり方があるだろう。一番大事なことは相手を理解したい、好きになりたいと思う心を持つこと、そして誠意をもってそれを相手に伝えることだ。淡い付き合いを好む者もいるので押し付けがましいのもいけないのだが、相手の誕生日や季節に応じてエスプリの効いたプレゼントを贈ったり、日本での新製品の情報を送ったり、日本経済について役に立ちそうな情報を立派なロシア語にして送ったり、サウナに一緒に行ったり、自宅によんで夫人や自分の手料理でもてなしたり、自分に一番合った方法を開発すればいいだろう。自分でないものになろうとしても、それは無理だし、相手に不快感を与えてしまうかもしれない。
 ロシア人社員との付き合い方で悩んでいる人もいるだろう。だが、先方はもっと悩んでいる。彼らはまず、日本人の上司が何をめざしているのか、何を欲しているのかを知りたいだろう。それを助けてやれば、自分の昇進につながると思っているからだ。だから日本人のリーダーは明確な目的意識を持ち、それを部下達に説明できるようでなければならない。
仕事の手順、書類の書き方、本社との連絡の仕方なども、こちらから教えてやらないと駄目だろう。日本人は世界中日本と同じと思っているところがあって、説明をしない。ロシア人社員が無知のために失敗をすると、「あいつは駄目だ。ロシア人は、だから・・・」と陰口をきくだけで終わってしまう。何も改善されないのである。失敗を見つけたら、自分のところに呼んで叱るのだ。何がいけなかったのか、どうすれば良かったのかをちゃんと説明して。
 ロシアの企業には終身雇用とか年功序列などの安定装置はないのが普通だ。だから安定志向のロシア人社員は今のポストにしがみつき、職場内の配置換え(ローテーション)に抵抗するし、野心的なロシア人社員は日本人社長に取り入って同僚達を出し抜こうとする。このような環境で、どうロシア人社員とつきあっていくか。
 それは次回のテーマにとっておく。



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第11回 「シベリア・ラリー」をやりましょう

第10回 ロシアの秋

第9回 「冷戦復活」の代わりにゲームのルールの明確化を

第8回 グルジア紛争と対ロビジネス

第7回 ロシア人は何からできているのか?

第6回 ロシア人は信用できるか?

第5回 ロシア人との付き合い方③

第4回 ロシア人との付き合い方②

第3回 ロシア人との付き合い方①

第2回 ロシア人とのアポの取り方
第1回 ロシアとのビジネスは慎重かつ果敢に

 

河東哲夫

河東哲夫(かわとう・あきお)

 

1947年生まれ。1970年~2004年外務省勤務。ドイツ、ソ連、ロシア、ウズベキスタン、スウェーデン、米国に勤務。2004~2006年、日本政策投資銀行設備投資研究所上席主任研究員。2006年9月独立し、日英中露語による国際ブログ"Japan-World Trends"を創立、代表に。東京財団上席研究員、早稲田大学及び東京大学客員教授を兼職。

著書にソ連崩壊を背景とした大河小説『遥かなる大地』(熊野洋の筆名)、『意味が解体する世界へ』、『外交官の仕事』(いずれも草思社)、『ロシアにかける橋』(かまくら春秋)。嵯峨冽の筆名で『ソ連社会は変わるか』、『ソ連の試練』(いずれもサイマル出版会)。その他雑誌執筆、テレビ出演多数。

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