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第4回 ロシア人との付き合い方②

 

 ある「オリガーク」(大実業家)と会ったことがある。大銀行の頭取だった。ロシアのビジネスマンに会うとよく、日本人との付き合いは願い下げだという話を延々と聞かされる。で、このオリガークも例外ではなかった。「日本人は尊敬してますよ。でも私に会いたい、会いたいと言うだけで、一体何をやりたいのか皆目わからんのですよ。とにかく挨拶をしたいというものだから、無理して会ってみると、自分だけでは何もできないらしく、部下をぞろぞろ連れてきて、本人は私との会談中、居眠りしてるんですよ。何をやりたかったのか、私にはさっぱりわかりませんでした」。
  ウラルの工業都市エカテリンブルクに行った時も、レセプションで地元の若手実業家というのに紹介されたが、これも会った最初から、「日本人? 日本の会社は話が遅いからね。商売にならないんで、私は関わらないようにしてるんですよ。何か提案しても、2ヶ月もウンともスンとも言ってこないんだから」。
オーナー系企業の場合、日本でも決定は速いことが多い。だが、ロシアはそれに輪をかけて速い。英米企業と同じく、ロシアの組織ではトップが細かいことまで頭の中に入れ、トップ・ダウンで組織を動かすからだ。しかもロシアの企業はソ連の時代、利潤を上げることよりも、国家計画、つまり上からの生産命令をこなすことに長けていたから、トップ・ダウンのやり方が染み付いているのかもしれない。
  そしてソ連時代、多くのものは不足気味だった。店にろくな商品がなかったというだけではない。コピー機はあっても情報管理に厳しいソ連では上司の許可がなければ使えなかったし、テレビ局では数少ない取材車とカメラをどのクルーに回すかは副社長クラスが仲裁しないと収拾がつかなかった。
  だからロシア人には今でも、命令を受けるまでは動かないタイプがいる。「何か変わったことをやると、ろくなことにはならない」という格言がソ連時代にはあった。上司から命令されたこと以外のことを自分の判断でやって、失敗すると、ろくなことはない、上司に叱られ、同僚からは足を引っ張られるという意味である。こうして、日本なら課長決済で済む案件が、社長レベルまで上がってしまう。皆が失敗した場合の責任を負わされるのを嫌がって、「社長に聞いてくれ」と言いがちになるからだ。

 話しが脱線した。要するに、ロシアのオーナー系企業は決定が速いから―――あるいは相手と話し合っているその場で決めてしまうことさえある―――、こちらも本社も含めて1~2日で回答できる体制を組んでおかないと駄目だということを言いたかったのである。これまでは経済大国だった日本は、「稟議制」という時間のかかるシステムに相手をつき合わせることができた。今は、日本側のシステムをグローバル・スタンダードに合わせる時代なのだ。
  だがロシアの企業も旧国営の大企業となると、決定はブラックボックスの中に入ってしまい、時間もかかることだろう。そうなると、こちらの対応もまた変わってくる。そのような場合は、その企業の内部に人脈を持つロビーストに頼んで、自分の案件が今どのような段階にあるかを常にフォローしておくことが必要だ。または、相手企業の担当者と自宅に電話し合い、週末にはサウナでいっぱいやることができるような関係が作れれば言うことはない。こうやっておけば、話が一向に進まなかったり、変な方向に行ってしまうのを事前に防ぐことができる。一度話し合っただけで、あとは先方内部の決裁をひたすら待ち、うまくいかなければ相手をなじるというのが、我々がよくやることだが、これは責任を相手になすりつけているだけで何の解決にもならない。相手の決定過程の内部に立ち入り、自ら稟議書を持ちまわって決定を促すような気概を持つべきなのだ。
  ロシアの企業にも、昇進したいがために目立とうとして、案件成立のためにやたら走り回ってみせる者がいる。こうやってトップに直に取り入ることができれば、ロシアの組織、企業では終身雇用、年功序列がないから、上司を蹴落としそのポストを奪うことも夢ではないからだ。交渉でこういう人物を相手にすると、厄介なことになる。こういう手合いは口八丁手八丁でトップをたぶらかそうとするので、話し合いの内容はできるだけ文書にして双方でサインもし、先方のボスの手に必ずわたるようにしておくのである。
  日本の大企業は官僚化している。決められたとおり、自分の担当の範囲だけで動いていればいいと思い込んでいると、思いもよらない煮え湯を飲まされることになるだろう。それは相手がロシア人だから、ではない。自分が日本でしか通じないやり方をしているからだ。



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第1回 ロシアとのビジネスは慎重かつ果敢に

 

河東哲夫

河東哲夫(かわとう・あきお)

 

1947年生まれ。1970年~2004年外務省勤務。ドイツ、ソ連、ロシア、ウズベキスタン、スウェーデン、米国に勤務。2004~2006年、日本政策投資銀行設備投資研究所上席主任研究員。2006年9月独立し、日英中露語による国際ブログ"Japan-World Trends"を創立、代表に。東京財団上席研究員、早稲田大学及び東京大学客員教授を兼職。

著書にソ連崩壊を背景とした大河小説『遥かなる大地』(熊野洋の筆名)、『意味が解体する世界へ』、『外交官の仕事』(いずれも草思社)、『ロシアにかける橋』(かまくら春秋)。嵯峨冽の筆名で『ソ連社会は変わるか』、『ソ連の試練』(いずれもサイマル出版会)。その他雑誌執筆、テレビ出演多数。

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