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第5回 ロシア人との付き合い方③

 

 「ロシア人とのつきあい方」その3ということで、ロシア人社員とのつきあい方でも書こうと思うが、これが今までの常識ではとても収まらないことに気がついた。なぜかというと今のロシア、特に大きな都市ではソ連時代以来一貫して「買い手市場」だった労働市場が完全な「売り手市場」に転じた―――つまり外資にとってパラダイムの転換が生じているからだ。
ロシアと言えば低賃金、これが我々の間での通り相場だったが、モスクワでの大卒初任給は今や2000ドル以上となり(外国語ができればこれに更に上乗せだ)、日本のそれを上回る。ファイブ・スターのホテルでは朝食が6,000円するところさえあり、ハイヤーの運転手など、「あんまり何でも高いので、外国人客は以前の10分の1に減ってしまった。商売あがったりだ」とぼやく始末。
 これまでは高い水準を誇っていたアエロフロート国際線ビジネス・クラスの機内食も、どこか手抜きが始まったし、商店では従業員がソ連時代のように、また私語にふけることが多くなっている。仕事があるのが当たり前、しかもオイル・マネーのおかげでえらく高めの給料がもらえる、ところが、ひどくなる一方のインフレ(今年前半だけで8%を上回った)で購買力はあまり増えない、つまりロシア人は甘やかされているのに不満を溜めている状況にあるわけで、一言で言えば今のロシアの労働市場は最高に難しいのだ。ロシア人社員に言うことをやってもらえない、文句を言うとぷいと辞めていく、まるでどちらが雇い主かわからない。大事にしていても明日になるとライバル会社に引き抜かれていく、こういう時代がやってきた。
1人事務所で勤務する日本人は、そのような環境で数名のロシア人社員を相手にする。大変なことだ。その中でどう対処するかは、個々の性格と好み次第だ。本社からのマニュアルで一律に決めておくことではない。ただここではいくつか、日本の会社とロシアの会社が違うところを記しておく。少しは参考になるだろうか。

 

  まず、ロシアの組織ではボスが絶対、上意下達が普通なのだということだ。細かいことまでボスが決める。社長は外回りと重要な決定だけ、日常業務は中堅幹部以下に任されている日本の企業とは大違いなのだ。そのことは、2つのタイプの社員を生む。一つは上司の命令がない限り、何も動こうとしないタイプ、もう一つは同僚や直属の上司を出し抜いて成果を挙げ、社長の注意を引こうとするタイプ、この2つである。
  日本的な、「ホウレンソウ」(報告、連絡、相談)を実行しながら自分のアイデアを推進していくような理想的な人材は、100人に1人もいない。つまりは、ロシアでは業務のすべてを細部に至るまで自分でマスターし、社員の動向に目を光らせ、信賞必罰で臨む必要があるということだ。もっとも、売り手市場の労働市場では、信賞必罰などと言っても、罰はなかなか食わせることができなくなってしまったろうが。
  信賞必罰と言っても、あまり細かなことは気にしない度量が必要だ。ロシア人は公私混同が非常に多い。仕事場での私用電話などは日常茶飯事である。この場合、仕事をきちんとしているかどうか、同僚に悪い範となっていないか、同僚の迷惑になっていないか、などの基本的な条件の範囲内に規制をとどめた方がいい。細かな命令を発して紀律を徹底したつもりでいると、いつかは足をすくわれる。
  ロシア人の部下を持った時、一番必要なのは同じ人間として遇することだ。彼らは、日本人の輪の中に入れてもらえないことに対して非常に敏感なのだ。もっとも、ロシア人社員の機嫌を過度に取ろうとする必要はない。ロシアの組織におけるボスは絶対的な権力を持った存在なのだから、時々理不尽なほどの決定権(部下をめったやたらに叱り飛ばすというようなことではない)を見せ付けておかないと、組織はだれる。過度の民主的ポーズを取ってはならないのだ。
あと一つ、組織で働く日本人は、なぜか過度に内情を隠したがる。言っても構わないではないかと思われるようなことでも、仲間でない者には情報は絶対渡さないと決め込んででもいるように黙りこむ。そして外国人は、そのような日本人に敵意を抱く。仲間に入れてもらえないのだから当然だ。
  せめて、いろいろなことを説明してやってはどうだろう。部下が良い案件、良いアイデアを持ってきたのにどうしても採用できない、というような場合、どのような理由で採用できないのか、本社で採用されないのかを、丁寧に説明してやるべきだ。でなければ、部下はやる気を失っていくだろう。よく、「あいつはこんなこともわからないのか。ダメな奴だ」と言って、陰で部下をこきおろす人がいるが、それは上司としては落第だ。

 

  ロシアで働いている日本の事業所の多くは、まだごく小さな人員しか持っていないだろう。「組織」と言えるほどのものを組めない職場では、垂直の命令機構をあえて作らない方がいいだろう。フラットな組織、要するに所長は偉いが、あとは皆平等に偉くない、所長は全員に直接命令できるというようにしておかないと、多分困ることになる。ロシア人は互いに嫉妬深く、すぐ不倶戴天の敵を社内に作ってしまう。垂直の指令ラインを作ると、どこかで指令がつまってしまうことがあるのだ。
ロシア人は我慢強く、力に弱いと言われる。だから頭ごなしに怒鳴りつけるのが一番いい使い方なのだと思っている方がまだいるようだ。だが、それはもう二昔も三昔も前のやり方だ。社員の誕生日には皆で祝い、いつも子供や孫のことで声をかけ、3月8日の「国際婦人デー」になったら女性社員にプレゼントを渡して皆で乾杯する―――人間同士としてのつきあいも欠かさないことが重要だ。ロシア人も、友人や恩人はめったなことでは裏切らない。




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河東哲夫

河東哲夫(かわとう・あきお)

 

1947年生まれ。1970年~2004年外務省勤務。ドイツ、ソ連、ロシア、ウズベキスタン、スウェーデン、米国に勤務。2004~2006年、日本政策投資銀行設備投資研究所上席主任研究員。2006年9月独立し、日英中露語による国際ブログ"Japan-World Trends"を創立、代表に。東京財団上席研究員、早稲田大学及び東京大学客員教授を兼職。

著書にソ連崩壊を背景とした大河小説『遥かなる大地』(熊野洋の筆名)、『意味が解体する世界へ』、『外交官の仕事』(いずれも草思社)、『ロシアにかける橋』(かまくら春秋)。嵯峨冽の筆名で『ソ連社会は変わるか』、『ソ連の試練』(いずれもサイマル出版会)。その他雑誌執筆、テレビ出演多数。

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