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第6回 ロシア人は信用できるか?

 

 昔は、ロシア人というと北方領土とか戦争抑留者のことがすぐ頭に浮かび、「信用できない」というのが相場だった。今は、その頃を知らない人達が仕事をするようになっていて、それぞれ手探りで経験を積んでおられるのだと思う。
僕の考えを一言で言うならば、「Yes。ロシア人の大半とは信用ベースで仕事をできる。だが一度会社として決定すればたとえ天と地が引っくり返っても変わらない(変われない)日本とは違い、ロシア人との間の合意や信頼関係を維持するためには、いろいろとコツがある。」ということだ。
 以前僕はロシアを舞台にした大河小説を書き、それをロシア語に訳して出版したことがある(日本では熊野洋著「遥かなる大地」として草思社から出た)。ロシアの出版社の側の負担で出したのだが、話は口約束でどんどん進み、契約書はほんの形式的なものだった。
 日本を題材に小さな賞品つきのクイズをモスクワの新聞に大々的に出した時も、契約書など交換しなかった。こちらは出題しただけだが、日本と言えばいつも読者の関心を引くので、新聞社にとっては大きな販促材料になった次第だ。
これよりも大きなケースでは、赤の広場で山本寛斎が初めての海外でのスーパー・ショーをやった時――10万人以上が集まった――、ロシア側は警備の警官の動員からテレビの全国放送まで、こちら側と打ち合わせた通り、良心的にやってくれた。文書など交換しなかった。有力なロシア人プロモーターを確保していたことが大きかったのだが、そのプロモーターも信頼ベースで動いてくれたのだ。

 

 だが、ロシアは(ロシアも)日本と違う。会社は年功序列、終身雇用で動いてはいない。会社より、自分のことを考えている者がいるということだ。極端な場合、大手プロモーターに何か頼むと、担当者が途中でそのプロジェクトを持ったまま、独立してしまうことさえある。ロシアの企業内での決定は、稟議制に基づく下からの積み上げではなく、社長の専断、あるいは担当者が社長の了承を直接とって行われることが多い。社長が代わりでもすれば、話はまずご破算だ。日本では部長や課長が定期異動しても何とも思わないが、ボスが決定権や利権の全てを握るロシアでは、人が代わるということは天と地が引っくり返るほどの大きな話で、政治的なウラがあることを皆疑う。そして自分のクビを心配し始めるのだ。
  市場経済に住む我々がいつも円のレートやアメリカの金利を心配しているのと同じように、ロシア人は政治の動向、上の方で誰と誰が争っていて誰が優勢なのかを気にかける。経済の運営だけでなく、実質的な所有権のかなりを、政府が持っているからだ。そして、ロシアの社会は日本以上にコネで動く。いくら店で何でも買えるようになったと言っても、何かを持っている者、何かを差配している者とどれだけのコネを持っているかが、生活の質を決める。コネを維持するために、彼らは2,3ヶ月に一度は会ったり、電話で挨拶し合っている。そして私用がやたら多い。子供が熱を出したから病院に連れて行くとか、叔父が伯母が亡くなったとか、口実ではなく本当なのだが、よく仕事を休む。

 

 つまりロシア人の身の回りではいつも天気が刻々変わっているのであり、日本では2週間先の会合を約束すると、あとは確認もしないのが普通だが、ロシアでは前日、あるいはその日の朝に確認しなければ、すっぽかされて怒るのは自分の方が悪いのだ。ロシア人は、「日本人は時間に正確ですね」と世辞を言うが、本当は「日本人は細かすぎて疲れる人達だ」と思っているに違いない。
 こう書くと呆れてしまう読者がいるかもしれないが、慣れればなんということはないのである。こちらも歳暮やら中元やら、コネや信用を維持するのにいつも懸命ではないか。それに、今のロシアではサービスの質が昔とは格段に良くなっている。今みたいにバブルでは、需要が増えすぎてサービスの質も落ちたかもしれないが、2000年代初めのモスクワではエアコンをつけたいと思って見積もりを頼むと瞬時にファックスで送って来て、金を振り込むと翌日つけにきてくれたものだ。接客態度も丁寧で、アメリカで強い訛りの英語でやられるよりはるかに気持ちが良かったものだ。
 もっとも、モスクワの電力に余裕がないため、エアコン用に家のアンペア数を上げようと思っても上げてくれず、エアコンが実際に使えるようになったのはそれから1年後だったのだが。




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第6回 ロシア人は信用できるか?

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第1回 ロシアとのビジネスは慎重かつ果敢に

 

河東哲夫

河東哲夫(かわとう・あきお)

 

1947年生まれ。1970年~2004年外務省勤務。ドイツ、ソ連、ロシア、ウズベキスタン、スウェーデン、米国に勤務。2004~2006年、日本政策投資銀行設備投資研究所上席主任研究員。2006年9月独立し、日英中露語による国際ブログ"Japan-World Trends"を創立、代表に。東京財団上席研究員、早稲田大学及び東京大学客員教授を兼職。

著書にソ連崩壊を背景とした大河小説『遥かなる大地』(熊野洋の筆名)、『意味が解体する世界へ』、『外交官の仕事』(いずれも草思社)、『ロシアにかける橋』(かまくら春秋)。嵯峨冽の筆名で『ソ連社会は変わるか』、『ソ連の試練』(いずれもサイマル出版会)。その他雑誌執筆、テレビ出演多数。

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