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第8回 グルジア紛争と対ロビジネス

 

 これまでロシア人とのつきあい方について書いてきたが、今日はグルジア紛争がこれからのビジネスにどう響くかということについて予想を述べる。米ロ間の摩擦やロシア軍が絡む武力紛争といったものは、ロシアとつきあっていく上では、今後も何度も起こることだろう。
グルジア紛争が起きたのは何故だとか、誰が悪いのかなどの問題は話すと長くなるので、ここではやらない。ただ基本的なことは、国が崩壊して弱っているロシアを、西側が圧迫し過ぎてきたということだ。バルト三国へのNATO拡大、コソヴォの独立、東欧へのMD配備、グルジア、ウクライナのNATO加盟推進などはロシアにとって、面子をつぶされるだけでなく安全保障に関わるものと見えていたことだろう。ここで、グルジアの領内で独立を唱えている少数民族がいるのを利用して、西側に警告ショットを放ってやろう、メドベジェフ大統領にも骨があることをロシア国民、そして世界に示してやろう――そう、ロシアの指導部は考えたに違いない。

 

 ただロシア、欧米の双方ともこれで冷戦を復活させたり、決定的な対立に至ることはやりたくない。両者とも、他に問題が山積している。冷戦を復活させたりしたら、ロシアの経済はもたない。だから双方瀬戸際で、半分阿吽の呼吸でやっているのだ。当面、ロシア軍がアプハジア、南オセチア以外のグルジア領から撤退するかどうか、アプハジア、南オセチアからせり出した箇所にロシア軍が設けたチェック・ポイントをこれからどうするか――ロシア側は、ここになら国連による国際的PKOを派遣されても構わない、と思っているのだろう――、アプハジア、南オセチアに独立を認めるのかどうか、といった点をめぐって両者のゲームは展開していく。
 ロシアがアプハジア、南オセチアを独立させると、旧ソ連諸国の中にはロシアへの警戒心を強めるところがでてくるかもしれない。カザフスタン北部にはロシア人が多数居住する。ウズベキスタン西部はカラカルパキスタンといって、異なる民族が集住している。彼らが独立を求めた場合、ロシア軍は介入するのか? いやそれどころかロシア自身、ついこの間まで独立を求めてロシア軍と戦っていたチェチェン共和国のような存在を抱えている。
 それに、8月28日には上海協力機構の首脳会議がドシャンベであるのだが、ここでアプハジア、南オセチアの独立を謳いあげると、チベット問題をかかえる中国が困ってしまう。民族自決は第2次大戦後の国際政治の原則ということになっているが、ユーラシア大陸というのはヨーロッパでさえ無数の民族が混住して、時には国の支配的民族に不満を抱えているところだから、「民族」自決と言ってもどこかで線を引いておかないと、ラッキョウの皮をむくように最後は国が残らなくなってしまう。
 またはアプハジアと南オセチアが独立した後、「自らの意思で」ロシアに入るという選択はどうか? そうなると、実質はロシアが武力で領土を拡張したのと同じことになり、G8参加国の資格停止、2014年ソチ冬季オリンピック開催の見直し等、欧米は非常にきつい制裁措置を取ることになるだろう。

 

 長くなった。グルジア紛争がビジネスにどう響くかという話にやっと移ろう。まず心得ておく必要があるのは、東西冷戦華やかなりし頃も、日本や西側はソ連とビジネスをやっていたということだ。日本は輸出入銀行(現在のJBIC)の大型融資もつけて、シベリアの森林資源開発や港整備、あるいはサハリン石油ガス開発など、大規模のプロジェクトも手がけていた。当時、ソ連側の商売相手は「~~公団」と称する独占国営商社だけだったから商談の規模は大きく、モスクワに置かれた日本の大手商社は事務所の単位面積あたり世界最高の実績を上げていたという。
 ということは、グルジア紛争のためにロシアをめぐる国際関係が悪化しても、経済関係が全くなくなるということはない、ということだ。ましてや、今回の東西関係の悪化は限定的なものになる可能性の方が大きい。マケイン大統領候補の外交問題アドバイザー、ショイネマンは長年サーカシヴィリ・グルジア政府のロビーストとしてワシントンで動いていたが、グルジア問題やロシアが米国大統領選挙の主要テーマになるはずもない。
 ただ、石油マネーを手にしたロシアが軍事力復興の構えを見せていることから、アメリカはロシアへの技術輸出―-民用技術を含めてだ――に神経質になってくるだろう。ソ連崩壊後15年以上経ち、その間ロシアの軍事予算はソ連時代の10分の1程度で推移してきたため、軍事技術の低下が目立っている。ガードの甘い日本などは、さしずめロシアが真っ先に目をつけてくるだろう。
 今回、グルジア紛争などのために、ロシア株式相場が下落して海外からの短期資金が大量に引き上げられたし、ルーブルのレートも数年ぶりに下落した。ただ、ロシアの株式市場に向けられた海外資金は製造業の投資資金として利用されているわけではない。ロシア人自身が海外に逃避させた資金も還流させての、マネー・ゲームの性格が強いものだ。だから短期資金が引き上げると、ロシアの経済が直ちに悪化するというものではあるまい。
1998年のロシアのバブル破裂は米国のヘッジ・ファンドLTCMの破綻を引き起こしたが、今回世界の金融機関は当時ほどの比重を対ロ投資にかけてはいないだろう。ルーブルのレートも、石油の輸出収入がハイ・レベルで推移していく限り、それほど下落はせず、長期上昇傾向を止めないことだろう。つまり、グルジア紛争はロシアの対外経済関係に大きな影響を及ぼさないだろうということだ。

 

 ただ、米ロ関係が更に悪化した場合、米国は西側の対ロ経済関係を絞ってこようとするだろう。その時米国が掲げる原則というのは多分、①ロシアの軍事力を高めるもの、②ロシアを大きく利するもの、③ロシアに対するこちら側の依存度を高めるものは駄目だ、ということになるだろう。③について言うと、米ロの間というのは悲しいほど経済的な相互依存関係がないのだ。ロシアが石油を輸出すれば良さそうなものだが、国内の製油所を長年新設していない米国には、ロシア原油を輸入する需要がない。だから米国は、他の国の対ロ経済関係に対して平気で、依存関係を断て、と言える立場にある。
 日本の対ロ直接投資はロシアにとって、非常に重要である。ロシアは市場経済化に踏み切ったと言っても、その重厚長大、国家独占中心の経済構造は変わっていない。石油輸出収入がルーブルのレートや賃金を高みに押し上げたので、いまや国内での自前の製造業振興は不可能に近い。欧米の対ロ投資の大部分はエネルギー、流通部門に向かっている。自動車などの製造業の分野で直接投資をしてくれる日本は、ロシアにとって重要な存在なのだ。だから日本からの直接投資がロシアを益しているとは言えても、右の③に該当するような、日本の対ロ依存が高まるような直接投資案件は、製造業の分野では見当たらない。
 もっとも、米ロ関係が極度に悪化して相互の在外資産凍結というような事態になれば、日本企業の作った工場もそのあおりを食うかもしれないが、そこまで対立が進む可能性は今のところない。資産凍結というのは、戦争一歩手前の措置である。




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河東哲夫

河東哲夫(かわとう・あきお)

 

1947年生まれ。1970年~2004年外務省勤務。ドイツ、ソ連、ロシア、ウズベキスタン、スウェーデン、米国に勤務。2004~2006年、日本政策投資銀行設備投資研究所上席主任研究員。2006年9月独立し、日英中露語による国際ブログ"Japan-World Trends"を創立、代表に。東京財団上席研究員、早稲田大学及び東京大学客員教授を兼職。

著書にソ連崩壊を背景とした大河小説『遥かなる大地』(熊野洋の筆名)、『意味が解体する世界へ』、『外交官の仕事』(いずれも草思社)、『ロシアにかける橋』(かまくら春秋)。嵯峨冽の筆名で『ソ連社会は変わるか』、『ソ連の試練』(いずれもサイマル出版会)。その他雑誌執筆、テレビ出演多数。

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