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第1回 日本とロシア――忘却から再発見へ
コラム執筆にあたって
今回から、このコラムを連載することになった。ロシア・ウォッチングを続けてきた者として、またロシアとの政治的、文化的な交流を続けてきた者として、何か興味深いことに気付いたり、ロシア問題を考えるにあたって閃いたことがあったりしたら、私の「思考ノート」くらいのつもりで、分野や形式にこだわらず自由なスタイルで書いてみたいと思う。そして、このコラムを通じて、少しでも多くの日本人が、ロシアのことに関心を抱き、またロシアの情勢を客観的に理解していただけたらと願っている。 私がこのコラムを引き受けた理由は、このサイトの主宰者遠藤氏を、彼がこの仕事を始めるずっと前から個人的によく知っているという理由による。現在氏は日露の経済交流に関わるビジネスに従事しているが、ただ、このコラムではそのビジネスの流れとは無関係に、自由に書かせていただくつもりだ。つまり、このコラムを読んだ方が、時には日露の経済交流に意欲を抱くこともあるだろうし、逆に意欲を削がれることもあるかもしれない。しかし、そのことに関して私は特別の配慮はしないということである。また日露の経済交流やビジネスに配慮して、何かを意識的に書いたり書かなかったりということもしないということである。私の配慮は唯一、ロシアに関して多くの方が幅広くかつ深い関心を抱き、客観的な認識を持っていただくということだ。 当然のことながら、ロシアとの経済交流など現場での仕事を通じて、私よりも深くロシア事情を認識されている方も少なくないと思う。そのような方々からは、忌憚のないコメントや意見を頂きたいと思っている。私もこのコラムを通じて、何かを読者の方々から得られたらと、ムシの好いことも考えている次第である。
主観的な存在としての人間と国家
さて、最初のテーマであるが、日露双方が相手を再発見しているということを述べたい。ここ1年か1年半の間に、日露の経済関係が質的に変化しているということを、経済交流にかかわっている現場の人だけでなく、日露の国家関係に携わっている外務省関係者も、肌で感じている。お互いに相手に対して強い関心を持つようになったのだ。ここに至るまでの何年か、日本人はロシアを忘れ、ロシア人は日本を忘れていた。お互いに、付き合ってもメリットがあると感じなかったからだ。さらにまた、怖い存在とも思わなかったからだ。それが、最近はしばらく忘れていた相手を、お互いに思い出しているのである。 人間というものは勝手なものだ。自分に小さい子供がいるときは、公園や学校の校庭で他人の子供が賑やかに遊んでいてもうるさいとは感じない。親としての感情を投影して、ああ子供たちは元気で遊んでいるなと、子供の騒ぎ声にもむしろ好感を抱く。しかし、子供がいない者、あるいは子供が育ちあがった者は、子供の遊び声は、ただうるさい騒音と聞こえるだけだ。人間はまことに自分勝手で利己的な存在である。 国家間の関係についても、同じことが言えるだろう。先ほどロシアに関する客観的な認識云々と言ったが、所栓それはかなわぬ夢なのかもしれない。ロシアにどんな騒ぎが起きようと、ロシアの社会や経済がどうなろうと、自分の利害に関わることがなければ、われわれは相手の国にはほとんど関心は抱かない。しかし、ロシアの状況がわが国の、あるいは自分の利害に関わるとわかれば、大いなる関心を抱く。例えば、北方領土問題に強い関心を抱く者は、その解決の可能性がまったく見えなければ、ロシアは面白くない国だと思う。しかし、企業関係者は、ロシアでその企業の生産品が売れるとなれば、ロシアは面白い国だと思う。関心というものはそれだけ主観的だということであり、これは当然と言えば当然のことである。
相互忘却から相互の再発見へ
日本とロシアはしばらくの間、相互に相手を忘れていた、あるいはまったく無視していた。数年前私はロシアの知人と、「日本とロシアは、お互いに相手が存在しなくても全く痛くも痒くもないということを歴史的に証明したね」と冗談を述べ合っていたものだ。日本でロシアへの関心がないと同様、ロシアでも日本への関心は全く失われていた。ところが最近、経済関係者が相互に関心を強く抱くようになったのである。 ソ連邦崩壊後に、日本人がロシアについて関心を抱いた経緯、またその関心を失った経緯は、説明が簡単だ。1991年末にソ連邦が崩壊して、社会主義体制ではなく市場経済の国が誕生したと思ったので、新しい市場や商売を求めて経済界の一部はロシアに関心を向け合弁企業などもいくつか生まれた。しかし、設立された合弁企業はその大部分がロシア側に乗っ取られたり騙されたりした。ロシアには資金がなく、儲け口もほとんどないということも分かった。アナーキーな混乱が続き、90年代のロシアはまともな国家の体をなしていなかった。こうして、ロシアには基本的な投資環境が整っていないということを思い知らされ、わが国の実業界のロシアへの関心は急速に失われたのである。その後ロシアへの無関心の時代が何年か続いたのだが、やがて予想しなかった事態が生じた。 それは、国際的なエネルギー価格の上昇で、ロシアがオイルマネーで潤うようになったのだ。つまりモノが売れる国になったのである。ロシアは日本車が最も多く売れる国のひとつにまでなった。車以外にも、ロシアは日本製品が売れる「おいしい国」になったのである。とくに2005年にトヨタがロシアに進出を決定したのが刺激となって、多くの日本企業がロシアに熱い目を注ぐようになった。モスクワの日本企業事務所は、ここ数年で2倍近くに増えたし、閑古鳥が鳴いていた成田、モスクワ便が、うっかりすると座席予約ができないという事態にもなった。こうして日本はロシアを再発見したのである。 日本の実業界の人から次のようなことを聞くことが多くなった。数年前までロシア人は、「ロシアには資源がある。大きな市場もある。今ロシアに投資しないと、中国、韓国、欧米諸国がロシアに進出し、日本はバスに乗り遅れますよ」といった傲慢な言い方をするのが常であった。それが最近は態度が変わり、本気で日本との協力を求めるようになった、あるいは、日本への投資さえ真剣に考えるようになった、というのだ。昨年秋、セルゲイ・イワノフ第一副首相と懇談した時、私が「ロシアの対日姿勢が大きく変化している。ロシアは日本を再発見したのではないか」と尋ねた。すると彼は、「まさにその通り。再発見という表現は面白い」と応じた。では、ロシアはなぜ日本を忘れ、またそれを再発見したのか。次回はそれについて述べたい。
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