

第3回 交渉はタラップの上で決まる
今ロシアでは、ビジネススクールが大繁盛である。最近、ロシアの多くの一流企業ではビジネススクールを出た、あるいは経済の専門教育を受けた20代から40代の若い世代のビジネスエリートが采配をふるっている。この若いエリートたちは、英語は自由で世界の金融市場や株式市場にも精通し、欧米を自宅の庭のように飛び回っている。彼らの生活感覚やビジネス感覚は米国人のビジネスマンに近く、日本のビジネスマンよりもはるかにアメリカナイズされていると言ってもよいだろう。彼らと比べると、日本の経団連も、社会主義者の集団に見えるほどだ。その割り切ったビジネス感覚は、日本人ではライブドアの堀江貴文に近いと言えるかもしれない。ともあれ、ロシアにソ連時代とは全く異なる感覚の国際的なビジネスエリートが生まれていることは確かである。
一般ロシア人のビジネス感覚について、ちょっとしたエピソードを2つほど話したい。その前に、ロシア人の心理について一言説明しよう。ロシア人は駆け引きの名人である。昔からロシアのムジーク(農民)がルィノク(市場、バザール)で取引する時には、その駆け引きの才能をフルに発揮した。売り手は値段を吹っかけられるだけ吹っかける。買い手もそのことが分かっているから、値切れるだけ値切る。こうして取引が始まるのだが、ロシア人は演技の名人であり、交渉の場では最後までポーカーフェイスを貫く。交渉で相手が相当譲歩したな、そろそろ手を打っても良いかなと内心思っても、それはおくびにも出さず、「お話にならない、とっとと帰れ」といった態度に終始する。そして相手が本当に諦めて背を向けたとたんに、最後の妥協条件を持ち出してくるのだ。
さて、エピソードだが、ひとつは1960年代にソ連共産党のイデオロギー担当政治局員スースロフと交渉した日本共産党の代表から直接個人的に聞いた話である。中ソ対立のあおりで、日ソの共産党の関係がぎくしゃくしていた頃のことだ。日本共産党の代表団がモスクワに行き、両共産党が党関係の問題で交渉したが、なかなか合意できない。ついに話し合いは決裂という雰囲気になり、日本共産党の代表はモスクワを引き上げることにした。代表団が車でモスクワの空港に着き、その代表が飛行機のタラップに足をかけた時、見送りのスースロフが彼の袖を引っ張って、最後の譲歩案を出してきたというのだ。この話を聞いて、私は「ロシアとの交渉はタラップの上で決まる」と述べたことがある。およそバザール世界とは正反対と見える共産党のトップも、まさにバザール感覚で交渉していたのである。
もうひとつのエピソードを紹介しよう。1990年代に私自身が日露のシンポジウムでモスクワに行った時の話である。モスクワ滞在中の市内見学の時間に、私と他の日本人参加者はマイクロバスでモスクワ大学前のモスクワ市全体が見渡せる高台に行った。そこには露天商が店を連ねており、マトリョーシカ(ロシアこけし)や琥珀などを売っていた。ひとつの琥珀のブローチが気に入ったので、売っているお兄さんと交渉することにした。私が相手の言い値の半額なら買う、それ以上は出さないと言うと、そっぽを向いて、まさに「とっとと帰れ」の態度だ。とくに執着するほどのものでもなかったので、私もきっぱり諦めてそこを去った。そのあと10分か20分、他の露店を冷やかしたりブラブラ散歩したりした。そして、その高台を引き上げるために近くの道に止めてあったマイクロバスに乗り込もうとしたとき、私の袖を引張る者がいる。振り返ると、私が琥珀で交渉した露店のお兄さんだ。彼は、その場で「半値でいい」と切り出してきた。私は気付かなかったが、彼は私をずっとフォローしていたのだ。つまり、私が琥珀を諦めたのは、本音ではなく取引のジェスチュア、ポーカーフェイスだと見ていたのである。他の店で私が同様の琥珀を買わなかったことも、彼は注視していたことになる。そこで、やがて彼の露店に舞い戻ってくると思っていたのだが、私がマイクロバスに乗ろうとしているのを見て、私が諦めたのは本当だと知り、半額という条件をのんだのである。
一般のロシア人は、市場経済とはこのような駆け引きの世界だと思っている。つまり、ビジネスとは信頼を基にした交渉ではなく、「相手は騙そうとしている」という信念を前提にした駆け引きの世界とみているのである。私はこのような心理が支配的な社会を、「バザール社会」と名付けている。バザール社会では、商取引は騙し合いの行為となる。
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