

第4回 市場派リーダーの反市場的失言
前回は、共産主義時代のソ連のトップも、バザール感覚で共産党間の交渉に臨んでいたことを話した。ソ連というと、計画経済の体制、すなわち生活の場では交渉とか駆け引きの余地がほとんどないお役所的社会とみたら大間違いですよ、というのが筆者の言いたいことであった。事実、ソ連時代の数年間の生活を通じて身をもって実感したことは、ロシアでは日常生活においても、表のタエマエとは別に、非公式的なネゴシエーションの余地が日本社会よりもはるかに大きいということであった。非公式的なネゴシエーションとは、コネや賄賂、脅しなどあらゆる手段をつかってバザール的に物事を動かすということである。公式的な手段だけに頼ってすべてを正攻法で事を進めようとする人間がいたとしたら、まさにバカ扱いされたであろう。この面で言えば、自由経済の国であるはずの日本の方がバザール社会からははるかに遠い。私は、日本の方がずっと計画経済的あるいは社会主義的であると感じたものである。
これに関連して思い出すのは、まさに市場派、民主派のリーダーを自任していたネムツォフ元副首相のことである。10年ほど前の話であるが、彼が第一副首相として来日した時、日本の実業界代表との会合の場で「ロシアに千万ドル(数字は正確でないが)以上投資する人には、最初の3人にだけ私のプライベートな電話番号を教えましょう」と述べた。つまり携帯電話の番号を教えるというのだ。ロシアでは、影響力のある要人がプライベートな電話番号を教えるということは「困った時にはいつでも個人的にサポートしますよ」ということを意味する。その1年後に彼はザドルノフ財務相と共に再び訪日する機会があり、二人ともわが国での公開シンポジウムに参加した。私もそのシンポジウムの司会兼パネラーとして出席したが、その場でネムツォフは次のように述べた。「昨年私は実業界の人たちに、ロシアに投資をする人にはプライベートな電話番号を教えると言ったのに、残念ながら誰もこの私の申し出に応じなかった。」
プライベートな電話番号を教えるということがそれだけ大きな意味を持っているということは、まさに、ロシアではコネが決定的に重要だということをロシアの指導者が自ら認めたことに他ならない。コネが決定的だということは、法がまともに機能していないということでもある。有力者の庇護に頼る投資がリスキーであることは説明するまでもない。その人物がポストを去ったら庇護も消えるからだ。事実、2回目にネムツォフ氏が来日した時には、彼はすでに第一副首相のポストを去っていた。
このシンポジウムの直後にザドルノフ氏と個人的に話す機会があった。彼は私に次のように述べた。「ハカマダ、あなたが述べたことはまさにネムツォフの痛いところを突いた。彼は市場派のリーダーを任じているが、肝心な点が解っていないのだ。」ネムツォフもザドルノフも筆者の個人的な知り合いでもあったので、率直にこのようなことを話してくれたのだ。
気になるのは、最近ロシアでたくさん設立されている国策会社(ゴスコーポラーツィヤ)のあり方だ。プーチン元大統領もメドヴェージェフ現大統領も、国家が経済を支配する国家資本主義は言葉の上では否定してきた。しかし、プーチン大統領は昨年から今年にかけて、国策会社を次々と創立し、莫大なオイル(ガス)マネーを投入し、そのトップにシロビキ(軍、治安機関、情報機関出身者)を中心とした側近を据えた。昨年9月に創設された巨大コンツェルン「ロステフノローギヤ」もその一つだ。これら国策会社のあり方は、国家が大きな資金を投入して先進的な産業を興すというソ連時代のアプローチを想起させるもので、市場的なアプローチとは質的に異なる。シロビキが市場経済を理解しているとはとても思えないが、彼らは心理的にも市場派に反発心を抱いている。
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