第6回 ロシア人の高等読書術 前回はロシア人と外国語について書いた。今回は日本人と外国語について考えてみたい。また、このことを通じて日本とロシアの知識人や文化についても考えたい。 先に述べたことだが、ロシア人は、帝政時代の上流階級や知識人は欧米の文化を自分の文化としていたので、外国語は身近だった。また現在のロシア人も、エリートは英語ができて当たり前という状況になっている。しかし、ソ連時代には、共産党の指導者も含めて、外国語はあまりできなかった。では、日本人はどうだろうか。 よく言われることだが、アジアでは日本人は北朝鮮人に次いで外国語が下手だという。日本人の外国語下手には、いくつか理由がある。第1に、逆説的だが、国民の教育レベルが高かったことが、結果的に外国語下手を生んだとも言える。どういうことか説明しよう。明治以来日本人は外国文化の吸収にたいへん熱心だった。そして国民の識字率が高かったため、また人口も大きかったため、欧米の重要な図書や文献はほとんど日本語に翻訳して出版することができた。東西の古典も、近・現代の学術書も、重要なものはたいてい翻訳されて出版され、日本語で読むことができた。つまり、市場が大きかったため、翻訳文化が経済的にも成り立ったのである。これが、識字率が低く、人口の小さい国なら、営業的に翻訳、出版は困難となる。 これと関連があるが、わが国は教育レベルが高かったため、国内で質の高い高等教育を受けることもできた。つまり戦前においてもエリートも帝大出身者とか陸大出身者で占められ、国外留学をしないのが当たり前だった。もちろん、学校や大学で外国語は学んだが、読めさえすればよいという考えだった。知識人で外国文化など専門の研究をする者は、外国語を必要としたが、それはプラチカルな外国語ではなかった。したがって、日本の英文学者が、英国に行っても言葉が通じないというのも珍しくなかった。 これが、識字率の低い小国の場合、経済的に翻訳文化が成り立たない。したがって知識人やエリートが外国の文化に触れようと思えば、外国語の習得が不可欠になる。また、自国で質の高い高等教育を受けられない途上国の場合も、エリートは先進国へ国外留学するのが普通のこととなった。さらに、アジアの多くの国は、欧米の植民地時代を長年経験しており、支配層にとっては宗主国の言葉をマスターすることは不可欠だった。インドでは英語、ベトナムなどインドシナではフランス語である。エリートの宗主国への留学も普通のことであった。
もうひとつ、プラチカルな面での日本人の外国語下手については、日本の文化伝統や国民性も関係している。つまり、日本では自己抑制の文化が根強く、われわれは自己主張はあまりしないし、日本語でさえも自己表現が下手だ。大学の教室でも、学生は自分の意見を活発に述べるということをほとんどしない。このようなことも、実践面での外国語下手を生んでいる。
ソ連に留学していた時の経験だが、モスクワ大学に留学していたアラブ人たち20人ほどとソ連国内を一緒に旅行したことがある。アラブ人たちは一般に社交的で、おしゃべりだ。彼らと一緒にいると、実ににぎやかでうるさい。彼らはロシア人に対しても、下手なロシア語で、あるいは文法にはあまり拘らずに、間違いだらけのロシア語でも平気で話しかけ、自由に交際する。こうして、ロシア語があっという間に上手になるのである。これに対して、日本人は、文法的に間違ったロシア語を話すと恥ずかしいとか思ったりして、ついつい内向きになる。日本人は、滅多にしゃべらないが、しゃべる時には文法的に正確な外国語を話す、といわれる所以だ。しかし、これでは実践的な外国語は上達しないのである。 こう見てくると、ソ連時代、とくにスターリン時代のロシア人と日本人は、外国語が下手という面で共通している。学校で一応英語は何年も学ぶのだが、上達しない。共に、使う機会もなく、外国語を習得するモチベーション(動機)を欠いていたからだ。 ただ、日本とソ連では大きな違いもある。わが国では、思想傾向、文化潮流を問わず、外国の哲学、思想、文化、芸術などあらゆるジャンルの名作が日本語で自由に読むことができたために、外国語をマスターしようというモチベーションが低かったのである。これに対して、ソ連時代には、共産主義主義思想や文化が人類最高のものだと宣伝され、外国の思想文化は頽廃的として批判された。また外国を敵性世界とみたため、ソ連の公式路線から外れた外国の思想や文化に触れること自体が、危険な行為となった。外国人との交流は、さらにリスキーであった。このような状況下では、外国語をマスターしようという動機が低くなるのも当然である。
私が留学していたソ連時代のモスクワ大学哲学部では、論理実証主義とか欧米哲学批判のコースが人気が高かった。人気が低かったのは、科学的共産主義のコースで、このコースを専攻する学生の質も低かった。科学的共産主義とは、ソ連の公式的なイデオロギーである。真面目な知識人はイデオロギーに食傷していたのだ。論理実証主義の人気が高かったのは、論理学も実証主義も共に脱イデオロギーの傾向が強いからである。ちなみに経済学部では、数理経済学のコースに優秀な人材が集まっていた。理由は同じだ。また、外国哲学批判のコースが人気だったのは、批判のためという形をとっているが、外国の思想に触れることができるからだ。例えばフロム、マルクーゼ、ベンヤミン、ホルクハイマーなどフランクフルト学派の思想を批判する論文の著者や講座の教授は、実はその思想に心酔しているという場合が少なくなかった。批判という形式は隠れ蓑なのである。芸術でも、シュールレアリズム批判の本を、シュールレアリズムの心酔者が熱心に読むという状況であった。これら批判書は、タテマエの上では批判の形をとっているが、実は紹介のための重要な情報源だったのである。私の周辺にいた知識人たちも、このような批判書や批判論文を読む時には、その辺のことは十分心得て読んでいた。 つまり、ソ連の知識人は、相当高度な読書術を心得ていたのだ。書く方もシニカルに「隠れ蓑」を利用していた。ブレジネフ時代のことであったが、公式イデオロギーに食傷している知識人も、論文を書くとき序文では麗々しくマルクスやレーニン、ブレジネフの言葉を引用していたし、体制迎合的だとしてそれを批判する者もいなかった。仲間同士では、「お前、書き方を心得ているな」と笑って済ませていた。 ソ連時代のこのような知識人の中には、禁断の書や外国の文化に触れるために、外国語を学ぶという者もいたが、ソ連国民の中では少数派であった。
現在のロシアの書店には、あらゆる傾向の著書が並んでいる。ソ連時代に禁書だった本が、書棚には溢れている。モスクワの本屋でニーチェ、ハイデッガー、ショーペンハウエルやベルジャーエフなど共産主義の対極にある思想家の本、さらにはメレジコフスキーなど宗教思想家の著書を見ると、隔世の感を抱かざるを得ない。今のロシアでは、中央集権の傾向が強まっている。しかし、自由と禁断の木の実を味わったロシア人が、共産主義の過去に返ることはあり得ない。
 袴田茂樹(はかまだ・しげき) 1944年3月17日生まれ。現職:青山学院大学国際政治経済学部教授。東京大学国際関係論博士課程修了。米プリンストン大学客員研究員、モスクワ大学客員教授、東京大学大学院客員教授を歴任。現在はロシア東欧学会代表理事。 専門は現代ロシア論。関心は哲学、文学、芸術と幅広い。趣味は、各地の料理と酒を堪能すること。ツーリング。主な著書に『深層の社会主義』(サントリー学芸賞受賞)、『文化のリアリティ』、『現代ロシアを読み解く』ほか。 |
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