Feature袴田茂樹のおろしあ国徒然譚

第12回 ロシアのマスメディア 新聞篇(2)

 

 

 

 ロシアのマスコミは統制されていると言われる。しかし、新聞などには「エッ、こんなのも載っているの!」と思えるような体制批判の記事もある。グルジア紛争に関連した記事で前回そのようなものを紹介した。ある意味で、これは政権側が「民主主義」「言論の自由」をアピールするためのアリバイとして、黙認しているという側面もある。もちろん、大部分のマスコミ論調は、メドベージェフ・プーチン政権の政策を支持するものだ。特に、グルジア紛争など対外政策に関しては、大国主義、愛国主義の論調が圧倒的である。今回は、前回と同様の批判的記事2点と、政権の政策擁護の典型的な論調をひとつ抄訳して紹介したい。批判的記事2点は硬派の中立系日刊紙『独立新聞』のもので、これは街中のキオスクでも売っているが、知識人しか読まない。一方、『論拠と事実』は週刊の大衆紙で、ロシアで最も発行部数が多い新聞だ。読者は一般大衆で、もちろんどこのキオスクでも売っている。この新聞は芸能、スポーツ、スキャンダルものなど軟らかい記事の中に、硬派の記事も混ぜている。筆者の手元にはこれらの新聞が、2-3日遅れの郵送で届いている。

 

◆ロシア人は昔と同じ
                                             『独立新聞』2008.9.2
 グルジアの事件でわれわれは次のことを宣言した。われわれロシア人はまだソ連人である。かつてのソ連邦の継承者はロシアであり、われわれである。
われわれは何十年もの間、外国人嫌いの教育を受けてきた。そして今もまた外国人嫌いを育んでいる。一般のロシア人は再び次のように教え込まれている。われわれは敵たちに包囲されて、その包囲網は常に締め付けられている、と。こうしてロシア人は実際に、外の世界全体を猜疑心でもって見始めているのだ。
われわれは他のすべての者にとって親しみのない存在だ。「われわれは他の国民と共に歩んだことはない。われわれは人類のどの際立った家族にも属したことがない。すなわち西欧にも、東洋にも属さず、一方の伝統も他方の伝統も有していない。」このように記したのは200年前のピョートル・チャアダエフである。ロシアにとって、孤立は悲劇である。世界はロシアに疲れている。もしロシアにガスや石油がなかったならば、ロシア人は脇に置かれ、関心を向けられることはないだろう。(アレクセイ・マラシェンコ)
 ロシアは理性では理解できない、と言われる。美しく響く言葉だ。しかし理性的で法治国の西側の人間にとって、この言葉のなかに、何をしでかすか分からない(予測不可能)という不安を感じている。彼らにとってわれわれロシア人は、核兵器をもった不可解な「アジア人」であり、われわれはマッチを持った子供のように危険な存在なのだ。

 

◆民主主義より秩序と主権
                                             『独立新聞』2008.9.5
グルジア紛争を多くの専門家はロシアが孤立する歴史の分水嶺とみている。ロシア指導部の決定は、ほぼ全国民が支持した。今日のロシアの指導部の似非イデオロギーの柱は、「秩序」と「主権」である。「民主主義」に対しては国民の大部分にとってアレルギー反応を示すし、これは統治エリートにとっても難物である。「民主主義」は2人の大統領(メドベージェフ大統領、プーチン前大統領)の言葉の中にあるだけで、他の者にとってそれは、西側の特権グループから排除されないための一連の手続きに過ぎない。ロシアの指導者にとって、秩序と主権は、民主主義よりはるかに価値がある。ロシアの指導部が有していたのはカラー革命(ウクライナ、グルジアなどの政変)に対する恐怖であった。ただ似非社会運動(官製の民族主義青年組織)「ナーシ」の運動に対しては、すでに政変の可能性がなくなったとして民族運動から「イノベーション活動」に方向転換した。
現在ロシアの政権は政変の恐怖心からとりあえず脱却して、社会の大部分が「秩序」志向と群衆本能によって統一していると感じている。この「党と人民の一体」感こそが状況の安定をもたらす強力なファクターなのだ。ただ、「上層部」は依然として何をしでかすかわからない「下層部」を恐れており、この状況は近い将来変わるとは思えない。
チェコ事件の後、ブレジネフ時代の停滞の時代が始まった。南オセチア紛争の後も、同様の状況つまり「新たな停滞」の時代になるだろう。オイルマネーでもたらされた安定は、経済を質的に発展させることはないからだ。以前は「科学技術革命」が唱えられたが、現在は「イノベーション」が唱えられている。国民の大部分は政治的な無関心に陥っている。


◆窮地に陥った西側とチャンスを迎えたロシア
                                        『論拠と事実』2008.8.13-19
グルジアの統一という美名のもとに全く別の問題が隠されている。住民の血が流された土地を、同胞の血と涙が流された土地を、どうして返還できるというのか。サアカシビリは平和的な手段では南オセチアがグルジアの一部になることはないということをはっきり理解していたので、軍事攻撃に出たのだ。残った唯一の選択肢は、背信的な攻撃をしかけ、屈服しない者の一部は殺害し、領土を浄化し、残った南オセチア人国外に追放することであった。このシニカルな軍事的冒険の結果、グルジアは紛争地域の返還という問題に永遠の終止符を打ったのだ。つまり、目的と正反対の結果を生んだのだ。こうなると、南オセチアとアブハジアの独立承認は急がなくてはならない。西側諸国はグルジア側の宣伝にしか耳を貸さない。ロシアの述べる真実を恐れているからだ。南オセチアの戦争に関してグルジアを支持した米国や多くの西側諸国は、グルジアを扇動したということで間接的に責任がある。彼らはサアカシビリの愚行を資金的に支持し、グルジアの軍人を自らの負担で訓練しただけではない。もっと深刻な問題がある。それは、彼らはユーゴやアフガニスタン、イラクなどを軍事攻撃することによって、いかなる倫理的な規範も存在しておらず、強者は弱者を攻撃できる、ということを示したのだ。これによって、サアカシビリは自らのサディズム的行為を正当化したのである。国際世論は、すべての係争問題は力によって解決されるという考えを植え込まれている。今回の場合、グルジアがより強力だとみなされ、突然南オセチアを攻撃したこのグルジアを西側は支援した。今、この紛争をどのように終結するか、西側は苦しい立場に陥っている。グルジアを見捨てるのはまずいし、自国民を護っているロシアと戦うのは怖い。ロシアの力――それは軍事力だけでなく、政治的、経済的、資源的な力も含め――は、西側諸国を窮地に陥れているのだ。弱体な国に使えた方法はロシアには使えない。ロシアは今、世界で自らの地位を強化するチャンスを迎えている。               

                                 『論拠と事実』編集長 ニコライ・ジャチコフ

 

 

 

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袴田茂樹(はかまだ・しげき)

 

1944年3月17日生まれ。現職:青山学院大学国際政治経済学部教授。東京大学国際関係論博士課程修了。米プリンストン大学客員研究員、モスクワ大学客員教授、東京大学大学院客員教授を歴任。現在はロシア東欧学会代表理事。

専門は現代ロシア論。関心は哲学、文学、芸術と幅広い。趣味は、各地の料理と酒を堪能すること。ツーリング。主な著書に『深層の社会主義』(サントリー学芸賞受賞)、『文化のリアリティ』、『現代ロシアを読み解く』ほか。

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