Feature モスクワ地下鉄散歩

 第5回 ふたつのベラルースカヤ-ベラルースカヤ駅

 

 

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 モスクワにも、東京で言えば上野駅が東北方面への発着駅であったのと同じような、9つのロシア国鉄のバクザール(ターミナル駅)がある。それぞれの駅は地下鉄の駅とつながっているか隣接しているものがほとんどだ。コムソモーリスカヤ駅はレニングラード駅など三つの国鉄の駅と、ベラルースカヤ駅はベラルーシ駅と、キエフスカヤ駅はキエフ駅といった具合だ。
「キエフ駅は臭いが嫌いです」居候のターニャの意見だ。「汚いでしょう、危ないでしょう、臭いでしょう、人が多いでしょう。」とにべもない。
 ひょっとしてウクライナのことが嫌い?「キエフは美しくいいところです。ロシアはウクライナのためにいろいろなことをしてきましたが、ウクライナ人はそのことを何とも思っていないようです。」どうもペテルブルグ出身の彼女の意見では、ウクライナやもっと南のグルジアとか、問題が多いようだ。
 
 ペテルブルグにいるターニャのおばあちゃんはベラルーシ人だそうで、ウクライナのことをあまり良く言わない彼女も、ベラルーシのことは好きだと言う。ベラルーシはロシアとポーランドの間、ウクライナの北、ペテルブルグからも近い。「白ロシア」とも言う。
 おばあちゃんの出身地だから好きなの?「そうでもありますが、ベラルーシの人は、皆とてもいい人です。素朴な感じがします。」行ったことはないくせに、ターニャはベラルーシの肩を持つのだ。

 

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 地下鉄環状線ベラルースカヤ駅の天井には、ベラルーシの農民や労働者と兵士たちの様子を描いた12枚のモザイク画が飾られている。モールディングされた白い壁と天井も美しく、照明器具のデザインにも凝っている。床には大理石のタイルがベラルーシのキルト風に敷き詰められている。駅が完成したのは1952年。環状線は何区画かに分けて建設されたが、ベラルースカヤからコムソモーリスカヤまでは、その第二次区画にあたる。この区画の駅舎の設計テーマは、戦後の復興と労働者たちだった。そこには当時権力を握っていたスターリンの強い意志が反映されているという。
  こんな逸話が残っている。技術者たちが地下鉄工事の進捗状況を、スターリンに説明しにいった。青写真を見ながらそれを聞いていたスターリンは、黙ってそれを聞き終わると手にしていたコーヒーカップを地図の上に置いてそのまま部屋を出て行った。後で地図を広げてみると、コーヒーカップが付けたシミが残っていた。技術者たちは、モスクワの上に描かれた茶色い円を見て、これこそがモスクワ地下鉄が必要としていた新しい線であると気がつき、スターリンの偉大さに感心したという。それから環状線の建設が始まった。環状線のシンボルカラーが茶色いのもそのせいである、と。ターニャ、この話、知ってた?「残念ながら、知りませんし、私の会社同僚のロシア人も誰ひとりとして知らないと言っています。これは作り話でしょう?」スターリンは遠い過去の人だ。

 

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   一方ザモスクヴァレェツカヤ線ベラルースカヤ駅は、全く違う雰囲気を持つ。淡いピンクの大理石の壁と蕾型をしたフロアランプが、シックな雰囲気を醸し出している。照明はかなり暗く、バーにいるみたいだ。アールデコの世界である。開業時は、床にベラルーシ風の文様が陶板ではめ込まれていたそうだ。環状線よりも早い1938年に開業したこの駅舎には、まだその後の「スターリン好み」は見あたらない。

 

 

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chikatetu5.6.jpg    環状線ベラルースカヤ駅のホームから、ザモスクヴァレツカヤ線ベラルースカヤ駅のホームへの地下通路の途中には、若い男女と立派なひげを蓄えた老人の巨大な銅像がある。三人とも機関銃を持っているが兵士ではなさそうだ。ほとんどの人は見向きもせずに通り過ぎるだけだが、ときどき待ち合わせ場所にしているひともいる。ターニャに聞いてみた。あれは誰ですか?ベラルーシと何か関係があるの?「彼らは、名も無い人たちです。ロシアのために戦った人です。」ベラルーシのためにじゃなくて?「ベラルーシとロシアは、ともにモンゴル帝国やドイツ騎士団、ヒットラーと戦ったのです。」ターニャはやはりベラルーシ贔屓なのであった。

 

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ベラルースカヤ駅は、環状線とザモスクヴァレェツカヤ線(2号線)にそれぞれある。地上にはロシア国鉄のベラルーシ駅があり、夜行寝台列車は9時間でミンスクへ。若者と老人の三人の銅像は「Белорусские партизаны ベラルーシのパルチザン」と呼ばれている。今でも献花が絶えない。

    

 

バックナンバー

第9回 抱擁そして歴史の両側 / 環状線キエフスカヤ駅
第8回 かつて宮殿が夢見られた場所 / クロポトキンスカヤ駅
第7回 ハヤブサとムカデ / ザモスクヴァレェツカヤ線ソーコル駅
第6回 アエロポルトの謎-アエロポルト駅
第5回 ふたつのベラルースカヤ-ベラルースカヤ駅
第4回 モスクワで一番有名な犬-革命広場駅
第3回 電気工場駅のターニャ-エレクトロザヴォーツカヤ駅
第2回 気分はモスクワっ子-イズマイロフスカヤ駅
第1回 上を向いてごらん-マヤコフスカヤ駅

   


検見崎まこと(けんみさき・まこと)

 

鹿児島県生まれ。写真作家。(株)文藝春秋を経て1991年に独立。映像スタジオStarfish Lab.として、舞台、雑誌、広告などの写真、映像、webコンテンツの製作などを手がける。ロシア、インドシナ、中国、チベットなど各地を取材。ブログ「Traveling Penguin」には、中国やチベットからのレポートが随時アップされている。

オフィシャルサイト:http://www.kemmisaki.com/

ブログ:http://web.mac.com/starfishlab/


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