Feature モスクワ地下鉄散歩

 第6回 アエロポルトの謎-アエロポルト駅

 

 

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 ソ連時代からモスクワの玄関口、シェレメチェボ空港は、そのアクセスの悪さで有名だ。空港へ降り立った個人旅行者がモスクワ市内へ行くには、迎えの車を手配しておくか、勇気を出してタクシーを拾うか、モスクワ市民と同じマルシュルートカ(ミニバス)に乗るかだ。おまけに空港から市内への渋滞は年々ひどくなるばかり。これではまるで旅行者に「来るな」と言っているようだ。
 そういうわけで、空港からの移動には、いつもタクシーを前もって予約する。名前を書いたプラカードを持ったドライバーが待っていて、目的地まで着いたら料金を支払う。渋滞がひどいと市内まで2時間以上かかる。料金は時間と距離で計算しているようで、だいたい1000ルーブルから1500ルーブルの間だ。
 あるとき、地下鉄路線図を見ていて気がついた。「アエロポルト・空港」駅というのがあるじゃないか。ベラルースカヤ駅から二つ目。こんなところに空港があるなんて聞いた事はない。ターニャ、ここからリムジンバスでも出ているの?シティエアターミナルみたいなもの?「近くにアエロバグザールがあります」何それ?「空の駅です」そのまんまやん!やっぱり、あるんだ、モスクワの箱崎。1000ルーブルの節約だ。「でも荷物を持って、そこに行って空港へ行くのは、たいへんです。」と彼女は言う。

 

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 アエロポルト駅は昔の未来映画に出てくる秘密基地のようだ。 巨大なドーム状の駅舎は、ホームに柱がいっさい無く、天井に描かれた幾何学模様がいい味を出している。「アエロポルト」という名前にふさわしいデザインだ。この駅舎も1938年に開業したザモスクヴァレェツカヤ線の他の駅と同じように、そのデザインはアールデコでまとめられている。
 駅から下り線進行方向の右手に出ると駅前広場があり銅像があった。ドイツ共産党の指導者でナチスに殺されたエルンスト・テールマン同志である。テールマン同志の背後には新しいショッピングセンターがあった。
 駅を左に出て歩いて20分ほどのところにアエロバグザールはたしかにあった。リムジンバスのターミナルだ。が、旅行者がいきなりここで降ろされても右も左も判らないし、荷物を持ってここまで到達するのは至難の業だ。たしかにターニャの言う通りだ。
 アエロバグザールからは、トライアンフ・パレスがよく見えた。スターリン様式で作られた高級高層マンションだ。このビルはヨーロッパで一番高いビルだそうだ。他にも新しい高層アパート群が見える。室内競技場メガスポーツも近くだ。

 

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   後日、日本に戻ったときにグーグル・マップを使ってアエロポルト駅周辺を調べてみた。するとアエロバグザールのすぐ裏手に、巨大なペケ印のようなものがある。航空写真に切り替えてみると、それは大きな空き地の中の十字に交差した滑走路だった。拡大してみると滑走路の一つは舗装が剥がれ、周囲は工事現場のように地面が掘り返されている。一角にははっきりと戦闘機と判る飛行機が40機、肩を寄せ合って並んでいる。空き地の周りには奇抜なデザインの高層アパートが立ち並んでいる。飛行場跡地の再開発といったところか。これでアエロポルト駅の名前の由来は判明した。アエロポルトにはたしかに飛行場があった、そうターニャに話した。
「信じられない?何ですか、それは」
 モスクワ中央飛行場さ。ミグ戦闘機が見物できるらしいよ。ターニャはペテルブルグ出身で、モスクワの歴史には詳しくない。「戦争には興味がありません。それよりアエロポルト駅前のスーパーでは日本のリンゴを買うことができます、すばらしいでしょ?」
 どうしてシェレメチェボには駅がないの?市内まで列車を走らせれ ばいいのに。
「あなたは、タクシーの運転手さんたちのコトを考えたことがありますか?列車が走れば、運転手さんたちの仕事は無くなります。ロシアはそれを考えているのです。」
 心優しいターニャなのである。
 幸いにも2008年6月から、シェレメチェボ空港第二ターミナルへロシア国鉄が乗り入れを開始した。運行は一時間に一本、モスクワ市内のサヴョーロフ駅から空港まで30分で到着する。私はまだ利用したことはないが、これで渋滞よさらばだ。しかしターニャが心配していたタクシーの運転手さんたちの仕事は減るだろう。それから、あのアエロバグザールはどうなってしまうのだろうか?

 

 

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地下鉄アエロポルト駅は、ザモスクヴァレェツカヤ線(2号線)にある。ベラルースカヤ駅から郊外へ2駅目。近くにある飛行場跡は、かつてのモスクワ中央飛行場である。1941年にヴヌーコヴォ空港がオープンするまでモスクワ唯一の飛行場だった。現在はホディンカХодынка航空宇宙博物館として、歴代の戦闘機やヘリコプターの展示を行っている。飛行場一帯は再開発が進んでいる。
 トライアンフ・パレスは2003年に完成した。モスクワ市内の七つのスターリン・ゴシックの超高層ビルを模して設計されている。高さ261メートルは完成時ヨーロッパ1を誇ったが、間もなく完成する市内モスクワ川河畔のモスクワ・シティビル群に抜かれる予定だ。

    

 

バックナンバー

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第8回 かつて宮殿が夢見られた場所 / クロポトキンスカヤ駅
第7回 ハヤブサとムカデ / ザモスクヴァレェツカヤ線ソーコル駅
第6回 アエロポルトの謎-アエロポルト駅
第5回 ふたつのベラルースカヤ-ベラルースカヤ駅
第4回 モスクワで一番有名な犬-革命広場駅
第3回 電気工場駅のターニャ-エレクトロザヴォーツカヤ駅
第2回 気分はモスクワっ子-イズマイロフスカヤ駅
第1回 上を向いてごらん-マヤコフスカヤ駅

   


検見崎まこと(けんみさき・まこと)

 

鹿児島県生まれ。写真作家。(株)文藝春秋を経て1991年に独立。映像スタジオStarfish Lab.として、舞台、雑誌、広告などの写真、映像、webコンテンツの製作などを手がける。ロシア、インドシナ、中国、チベットなど各地を取材。ブログ「Traveling Penguin」には、中国やチベットからのレポートが随時アップされている。

オフィシャルサイト:http://www.kemmisaki.com/

ブログ:http://web.mac.com/starfishlab/


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